一、日本の高齢化社会において、高齢者の「認知症」についても深刻な社会問題になってきて
います。認知症により判断能力がなくなると、契約の締結などの法律行為ができなくなるため、
注意が必要です。
高齢化社会が進むにつれ、認知症等により、身上監護・財産管理を必要とする人々が急増して
いることから、そのような方々の利益を守るために成年後見制度が設けられました。
成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害などの理由で物事を判断する能力が十分でな
い方を保護・支援するための制度です。
成年後見制度は、判断能力が不十分になってから利用する「法定後見制度」と将来判断能力が
不十分になった時のために備える「任意後見制度」の二つに分かれます。法定後見制度は、本人の
判断能力に応じてさらに後見(重度・判断能力が全くない)、保佐(中度・判断能力が著しく不十分)、
補助(軽度・不十分)の三つに分けられます。
二、法定後見制度を利用する為には、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に後見・保佐・補助開始の
審判を申し立てる必要があり、後見等の申立てを受け付けてから審判がおりるまで約1~2ヶ月
かかります。鑑定(本人の判断能力がどのくらいなのかを医学的に判断するための手続き)が行われ
る場合は、審判がおりるまでの時間は通常より長くなり(鑑定期間が約1~2ヶ月)、鑑定費用
(10万円程度)も必要となります。鑑定が実施されるのは全体の約10%と言われています。
三、後見等選任の申立て~審判がおりる迄の約1~2ヶ月の間も本人の生活は続いています。
後見等の審判がおりるのを待っていたのでは、本人の生命、身体が危険となり、または財産が
侵害される恐れがあるような場合に、後見等の審判がおりるまでの間、家庭裁判所は、本人を
保護するために「審判前の保全処分」をすることができます。
例えば、母親にアルツハイマー型老年認知症(★)の症状が見られるようになり、長女が後見
開始の審判の申立てをしているところ、母親と同居している長男が母親の通帳を独占管理してい
て、母親の預金口座にある預金をギャンブルなどに使い込んでいたことが判明したとします。
(★)認知症の検査には、長谷川式認知症スケール(満点30点、20点以下で認知症の疑い)や
MMSE検査(満点30点、27点以下で軽度認知障害の疑い、23点以下で認知症の疑い)
といった簡易検査があります。
後見等の審判がおりるのを待っていたのでは、長男が母親の預金を全額使い込んでしまうという
ことも考えられます。
こういった場合、長女は、後見開始の審判がなされるまでの間に長男が母親の預金の使い込みを
できないようにするために後見開始の審判申立てと一緒に「審判前の保全処分」という手続きを利用
する事ができます(家事事件手続法126条1項、2項)。この手続きは、正式に成年後見人(保佐人・
補助人)が決まるまでの仮の対応なので、成年後見開始(保佐開始・補助開始)の申立てを行った場合に
だけ「審判前の保全処分」の申立てができます。保全処分のみを単独で行うことはできません。
同手続きを利用するには次項の要件を満たす必要があります。
<審判前の保全処分が認められる要件>
①後見等開始の審判の申立てがあり、未だ審判の効力が発生していないこと
②後見等開始の審判の申立てが認容される蓋然性が高いこと
③保全の必要性があること
「③保全の必要性」については、例えば同居人が本人の預金口座にある預金をギャンブルに使い
込んでいるなど、これに関する具体的な事実を示して説明する必要があります。
このような説明がない場合や、抽象的な説明しかない場合には、保全の必要性を認めることが
難しいとして、取り下げを勧告されるケースもあります。
保全処分の申立てが認められると、家庭裁判所は、後見開始等の審判が効力を生じるまでの間、
財産管理者を選任し、本人の財産の管理や本人の監護に関する事項を指示することができます。
裁判所に選任された財産管理者は、同居人が本人の預金を使い込むことができないようにする為
に、まず金融機関などを回り、本人名義の口座を利用停止(凍結)させます。財産管理者の職務として
は、財産目録を作成して、本人の財産の内容を明確にするとともに本人の財産を管理している者から
財産の引継ぎを受けることになります。
財産の管理行為においては、成年後見人等が選任されるまでの暫定的な職務なので、できることが
制限されており、保存行為と管理行為に限られているため、処分行為(物品を売却すること等)はで
きません。処分行為をする必要がある場合は、家庭裁判所に対して権限外行為許可の申立てをして、
家庭裁判所の許可を受ける必要があります。
財産管理者が就いたとしても本人の財産処分権限は全く影響を受けないので、本人も有効に法律
行為をすることができます。